馬車道の不思議少年・翔:第1話

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馬車道の不思議少年・翔:第1話     記:原田修二


季節は夏から秋に移ろうとしている頃、空は薄曇りだった。

男は馬車道に来るときはいつもスタバでコーヒーを飲んでいた。
特にキャラメル・マキアートが大のお気に入りで、
奥の席に座って静かに飲むのは彼の至福の時だった。

しかし今日は様子が違っていた。
スタバのすぐ隣のコンビニでホットコーヒーを買い、
関内ホールの前のベンチに座って飲んでいた。
男は仕事上の悩みを抱えていた。
親父から2年前引き継いだおもちゃ屋の経営が芳しくない。

起死回生に昨年末立ち上げたネット販売は、
お得意さんの応援もあって徐々に売り上げを伸ばしたが、
何故か今年の春以降、あっという間に失速し始めた。

ネット販売に軸足を移すのは間違いではないと思いつつ、
このままでは店頭販売もネット販売も期待出来そうになく、
経営が維持できなくなる日が近いことは容易に予想できた。

さてさてこれからどうしたものか、どういう手を打つべきか。
コーヒーを飲みながら思いを巡らしていたところ、
いつの間にか、かわいい小さな少年が目の前に立ち
彼の顔を見つめていることに気がついた。

青いポロシャツとチェックのズボンをはいた少年は、
まだ小学生前に見えたが、周りに親の姿は見えなかった。
不釣合いなほど大きなカバンをたすき掛けにかけていた。

 「隣にすわっていい?」少年は声をかけた。
「ああ、いいよ。」男は笑顔で答え、少年はすぐ腰かけた。
肩にかけたカバンから13インチほどのタブレットを取り出すと、
すぐゲームを始めたので会話はそれ以上進まなかった。

こんな子供がこんな大きなタブレットを使いこなしている。
男は少年の姿に何となく違和感を覚えながら、
再び自分の仕事の進め方に思いを巡らした。

ネット販売を始めるにあたっては、
引退した親父からもベテランの従業員からも反対はなく、
むしろ賛成する意見のほうが強かった。

但し、それぞれから意見が寄せられた。
親父からはしっかりしたホームページを作ること、
伝統あるおもちゃ屋に相応しい内容にしてほしい。
商品数も商品説明も決して手抜きをしない事。

ネット販売に少し知識のあるベテランの従業員からは、
サイトの作成は実績のある業者に作成を頼むこと。
わけのわからないことに費用がかかりがちなので、
依頼内容をあらかじめはっきりさせ、
業者のペースに乗らない事、だった。

いろいろ調べ、ネット販売のホームページの作成は、
馬車道近くのソフト会社にお願いすることにした。
ソフト会社の担当者がオモチャ屋の店舗に来て、
打ち合わせが始まったのは昨年9月のことだった。

昨年の出来事を振り返りながら、
ベンチの横の少年に目をやると、
依然としてタブレットでのゲームに夢中になっていた。

 ソフト会社には、どんなサイトを作りたいかをまず伝えた。
親父から意見されていたように、全体として落ち着きがあり、
店が扱うすべての商品を網羅し商品説明も詳細にしたい。
男は、こちら側の構想を一気に伝えた。

ソフト会社からは、要望に沿ったサイト作りは問題ないが、
売れるサイト作りにはひと工夫が必要ですよと提案された。
例えば見つけやすいための工夫、興味を引くための工夫、
賑わいを出すための工夫、お得感を出すための工夫、
等々、何でも対応できますよ、とのことだった。

しかし男は、やっぱり来た、その手に乗るかと受け止めた。
提案は有難いがまずはこちらの要望を実現してほしい、
との返事に、ソフト会社はそれ以上の展開はひとまず断念した。
その次の打ち合わせでは、ソフト会社から見積が示され、
用意すべき店舗情報、商品情報、商品写真が伝えられた。

ソフト会社の担当者は進展があるたびに店舗を訪れ、
時には男が馬車道のソフト会社に出向き、
何度も何度もやり取りを繰り返した後、
URLやサーバーまでも先方にお願いして、
待望のネット販売がスタートしたのは昨年末11月だった。

ネット販売開始の情報は、店舗内の壁に大きく表示し、
合わせて地元紙やタウン誌にも広告を出し、
把握している限りのお得意様にはDMも送った。

年末商戦に間に合ったこともありネット販売は順調に船出した。
年が明けてからも少しずつ販売は伸びた。
これで将来は明るいと、男の心に慢心が生まれ始めていた。
サイトでは日常的に商品の入れ替えはしたが、
工夫が必要ですとのソフト会社の声には耳を貸さなかった。
そして3月が過ぎ、急降下が始まった。

隣に座る少年はいつのまにかゲームをやめていた。
覗き込むと、驚いたことに男のおもちゃ屋の販売サイトだった。

 「それでおもちゃを注文したことある?」男は少年に問いかけた。
「うん、何度か。」少年から予想外の答えが返ってきた。

男は嬉しさ半分、驚き半分でなおも尋ねた。
「難しくないの?」
「難しいよ。僕はおもちゃを選ぶだけ。あとはママ。」
「お母さんは今日どこ?」
「ママは仕事。忙しいから、おもちゃはいつもこれで。」

男には状況が呑み込めてきた。
少年のお母さんは仕事が忙しくて二人で買い物の時間が持てない。
それでおもちゃもネット販売を利用しているが、
何を買うかは子供にサイトで捜させることで、さらに時間を節約している。

「それは使いやすい?」思い切って少年に尋ねてみた。
「使いやすくはないよ。難しい漢字ばっかり。」
いきなりの鋭い指摘が男の心にぐさりとささった。
「本屋さんのネットみたいで面白くない。」

「それに・・・」少年はさらに話を続けた。
「ママが一緒に見てくれないから僕が選ぶけど、
選んでからもなかなか見てくれない。」

「それはどういうこと?」
「ママは帰ると皆の食事、風呂、掃除、それから自分のスマホ。」
「それは大変だ。」
「おもちゃを選んでもこれを開けてくれない。」とタブレットを指差した。

自社の販売サイトを実際に使っているこの少年に
もう少し話を聞く必要がありそうだ、と男は思った。

 男は少年のタブレットにさらに顔を近づけ、
おもちゃの販売サイトになお興味がある態度を示した。

「写真や文字を大きくするとかカラフルにするとか、
そんな工夫は出来ると思うけど、
お母さんが見てくれないのはどうしようもないね。」
男はごく普通の思いを伝えた。

しかし少年からはまたも予想外の言葉が返ってきた。
「そんなことはないよ。お母さんはスマホをいつも見ているから、
僕がおもちゃを選ぶとそれをスマホに送ってくれるといい。」

「そんなことが出来るかな。」
と、言葉を返すのが男にはやっとだった。

「買い物かごにおもちゃを入れると、
今は“注文する”か“さらに選ぶ”かのボタンを押すけれど、
“スマホに送る”というボタンを一つ足せばいい。」

「なるほどそれで・・・」

「僕がおもちゃを選んでから、“スマホに送る”を押すと、
ママのスマホにメールが送られるしくみにする。

サイトは共通なので買い物かごも共通になる。
そこでママはそれからスマホで注文に入ることが出来る。
選んだものが良くなければそのままにすればいい。」

少年の流暢で専門的な説明に男は目を丸くした。
いつのまにか不思議な世界の中に引きずり込まれていた。

不思議な少年はさらに男に話を続けた。

「スマホのサイトでは“買い物かごを見る”のボタンが最初にあるといい。
親子では大きな画面でおもちゃを選び、
後でママがスマホで注文というのが流行るかも。」

男の脳裏に急に明るい陽射しが差し始めた。
-確かにこれは面白いかもしれない。
今は、店舗で選びネットで注文が流行りだけど、
これからは、デスクで選びスマホで注文というのもあるかも。-

「それにこの画面はもう少し何とかしてほしい。
ママも立派すぎて使いにくいと言っていた。
ママにも僕にももっとわくわくさせてほしいよね。」

男はタブレットの画面から目を離し、前を向いた。
-販売サイトを格調高く作ることに精いっぱいで、
わくわく感とか面白さとか使いやすさは考えてこなかった。
まだまだいろいろと考えることがありそうだ。-

ソフト会社の「工夫が必要ですよ。」の問いかけには
あえて理解しようとしてこなかったが、
その言葉の意味がやっとわかり始めたような気がした。

男は少年に感謝をしなくてはと思い、
「僕の名前は?」と横を向いてアッと驚いた。
不思議なことに少年の姿はなくすでに視界から消えていた。

太陽の母子の像の横を少年が通り過ぎようとする時、
突然、子供の方の像が少年に話しかけた。
「翔、そんなに早く答えを教えてどうする。」
少年は驚くこともなく平然と答えた。
「答えじゃないよ、ヒントをあげただけだよ。
彼にはこれからもっと頑張ってもらいたいから。」
少年はそれだけ返し、静かに立ち去って行った。

 その日、馬車道を歩く人は少なくなかったが、
少年と子供の像の短いやりとりには誰も気づかなかった。

完   (記 原田修二)


ブログ:横浜馬車道物語「夢追い新話」より2014年11月10日~12月15

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