馬車道の不思議少年・翔:第3話

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馬車道の不思議少年・翔:第3話     記:原田修二


馬車道で紅茶専門店として名の通るサモアールは、
横浜駅近くの本店とは異なって食事も出しており、
とりわけオムライスがこの店のリピーターを育てていた。

この店のすみのテーブル席に一人で座った男は、
「あとでもう一人来ます。」と伝えつつ、
待ちきれずに評判のオムライスを頼んだ。

彼が待ち合わせをしている女性は高校の同級生。
気分はわくわくとしているもののそれほど親しいわけではない。
3年ほど前、一度デートをしたことがあるがそこまでだった。
どちらかというと彼の一方的な片思いで終わった。

1週間前、たまたまフェースブックにアクセスしている時、
彼女の顔と名前を見つけ、あの頃の気持ちがよみがえった。
ダメ元で友達申請をすると何と速攻で承認された。
それだけでなく彼女から今日の待ち合わせの誘いが届いた。
25才で独身の彼にとっては心躍るメッセージだった。

思いをはせながら少しづつオムライスを食べている時、
待っていた彼女がほぼ予定通り店に入ってきた。

彼女を見つけて彼の顔がパッと明るくなったが、
もう一人の女性が後ろに続いていることに気づき、
状況がよく呑み込めないけげんな顔に変った。

二人の女性は彼の前に座った。
「お久しぶり。」
「今日はどうも。洋子、その人は?」
「あれ、わからない。同じクラスにいた真理よ。」
女性は、メガネをはずし額の髪をかき上げた。

「本当だ。わからなかった。随分変わった。」
「あらそう。進はあまり変わっていない。」
「真理、私たちも何か頼もうか。」

彼が期待した二人だけの夢みごごちの世界は、
残念ながら3人の昔友達の懐かしの場になっていた。

洋子が話を切り出した。
「今日は進に2つの話があったの。
一つ目はこの馬車道に現れるという不思議な少年の話。」
洋子のたたみ込むような口調は、
彼が勝手に作り上げていた彼女のイメージとはかなり違っていた。

「それは何の話?」
「私は今タウン誌の編集部に勤務しているんだけど、
馬車道に不思議な少年が現れるという声が少なくないの。」

「不思議な少年?」
「何か困っている時に6~7才の少年が突然現れ、
たちまち解決していつの間にか姿を消す。
そういう声がいくつも寄せられているの。」


「たまたまじゃないの。」
「私も最初はそう思った。
しかしどうもそれぞれの話が普通じゃない。
人の力を超えたまるで妖精のような感じ。」

「へえー、いまいちわからないな。」
男は狐につままれたような顔をした。
「私より馬車道によく来ている進のことだから、
何か知っているかも知れないと思って・・・
そんな話聞いたことない?」
「お役に立てず申し訳ないけれど、
見たことも聞いたこともないな。」

洋子は落胆の顔を見せながら
「少しでもそんな話を耳にしたら教えてくれない。」
と、彼女の勤務先のタウン誌の名刺を差し出した。
「それで、もう一つの話だけど・・・」
彼女は二つ目の話題に切りかえた。

彼女の二つ目の話は全く話題が変わり、
彼女が連れてきた隣に座る真理からの頼まれごとだった。

「実はね、真理があなたのこと好きなんだって。
余計なお世話だけど私がキューピット役に。」
予期せぬ展開に彼はしばし絶句して真理の顔を見た。

「以前から相談を受けてたんだけど、機会がなくて・・・
進がフェースブックで友達申請をしてきたので、
これはチャンスと二人を会わせることにしたの。」

そう言われても彼は真理には以前から興味はなかった。
しかしせっかく骨を折ってくれている洋子のことを考えると、
そのことをはっきりさせることは気が引けた。

「高校の時はあまり話をしたことはなかったね。
真理が好きなのはぼくじゃないと思ってた。」
よくよく見れば真理はなかなか清楚で魅力的な女性。
ともかく今日は結論を出すのはよそう、男はそう決めた。

3人が店を出て馬車道を歩いている時に
不思議な出来事が起こった。
洋子がハンカチを忘れたとさっきの店に戻り、
再び二人に合流するまでのわずかな間のことだった。

進と真理は街路樹の下で何やら騒いでいる親子が目に入った。
子供が風船のひもを手放してしまい、
街路樹の枝にひっかかって止まっていた。

大人がジャンプした程度では届かないと思われる高さだった。
子供は親にその風船を取ってくれとせがんでいた。

二人がその様子を見つめていた時、
いつの間にか6~7才の少年が真理の目の前に現れ、
「あの下で僕をほうり上げてくれない?」と、ささやいた。
「それは無理よ。」と答える真理に、
「多分、大丈夫だから。」と言って、片目をつぶった。

真理はやむなくその少年と風船の下に行き、
彼を後ろから抱きかかえて思い切りほうり上げた。
すると真理の加えた力以上に、明らかに50㎝くらいは高く飛び、
見事に風船のひもをつかまえて真理の腕の中に下りてきた。

真理は少年を受け止めた瞬間に、
この子が洋子の言う不思議な少年に違いないと確信した。
少年は喜ぶ親子に風船を手渡すと、
今度は何故か進に向かって矢を射るような恰好をした。

進は訳もわからず少年のしぐさを見ていたが、
少年の放った架空の矢が自分に突き刺さったように感じた。
そしてその瞬間、不思議なことに、
真理のことを思う気持ちがパッと広がった。

これは偶然ではないと彼は思った。
間違いなくあの子が二人のキューピット役を果たしている。
そうかあの子が洋子の言う不思議な少年なんだ、
進は洋子とは違うタイミングで不思議な少年の存在を知った。

二人は顔を見合わせ思わず微笑んだ。
お互いが不思議な少年を認識したことをすでに理解していた。
風船を受け取った親子が礼をして立ち去ったのは見ていたが、
あらためて見渡すと、少年の姿もいつの間にか消えていた。

進はごく自然に真理の両肩に手を当て、
さらに彼女を両手で引き寄せた。
形の上では風船を下ろせたことの祝福だったが、
実際にはそれ以上に絆のようなものが生まれ始めていた。

洋子が店から戻って二人の予期せぬ光景を見てしまった。
「あらあら、お早いこと。私も役目を果たせてうれしい。」
洋子の声に二人は我に返り、すぐ離れた。

「それじゃ私はここでさよならします。進、真理をよろしくね。」

二人は喉元まで不思議な少年の話がでていたが、
洋子に説明する難しさも感じていた。
やはり話しはしないほうがいい、それが暗黙の了解になった。
二人は洋子に深々と頭を下げ、
JR関内駅に足早に向かう彼女を見送った。

(記 原田修二)
ブログ:横浜馬車道物語「夢追い新話」より2015年2月9日~2015年3月23日

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