馬車道の不思議少年・翔:第2話

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馬車道の不思議少年・翔:第2話     記:原田修二


文明開化の面影を残し市民に慕われる横浜馬車道には、
いくつかの町名の付く通りが横切っている。
 その内の一つ住吉町の通りにはお酒の店、信濃屋がある。

その信濃屋の前で女は叔母さんと待ち合わせをしており、
まもなく待ち合わせの時間13時が過ぎようとしていた。
吹く風が冷たく感じる11月半ばのことだった。

なぜ叔母さんが御馳走をしてくれるのかはわかっていた。
勤め先の小さな商社をわけあって先月退職したばかり。
沈んでいる彼女を元気づけようと時間を取ってくれている。
申し訳ないと思いながらも断る理由もなかった。

時間には決してルーズではない叔母さんが、
時間通りに現れないのを不思議に思いながら、
何度も時計を見て、住吉町の通りの左右に目をやった。

通りの向こうには馬車道と並行に走る関内大通りがあり、
そちらから入ってくる自動車が目の前を通り過ぎていく。
一方通行のため車が多い時でも流れはスムーズだ。

車が流れる通りの向こう側にも歩道が設けられている。
関内ホール沿いの歩道でこちら側より幾分広い。
女は何気なくその歩道の方にも目を向けた。

極端に人通りは少なかったが、その歩道の右側から、
バキーに赤ちゃんを乗せた婦人が進んでくるのが見えた。
左側からはスマホを見ながら歩いている男が見えた。

赤ちゃんは機嫌が悪いのかかなりぐずっているようで、
婦人はバギーを止めのぞき込んであやし始めた。
スマホに夢中の男には婦人とバギーは視野になかった。

ここまでは、どこでもよく見る日常的な風景だった。

次の瞬間、男はかなりの勢いでバギーにぶつかった。
反動で婦人はバギーから少し後ろに飛ばされ、
おしりから歩道に落ちて座り込むかっこうで止まった。

男は驚き、婦人に少し頭を下げたように見えた。
そしてバギーの方にもチラリと目を向けたが。
その後は何事もなかったかのように再び歩き始めた。

反対側の歩道からあっけにとられて見ていた女は、
さらに続いて信じられない光景を見ることになった。

婦人の手から離れて止まっていたように見えたバギーは、
するすると車道に向かって動き、かなり加速し始めた。
婦人があわてて起き上がってバギーに向かったが、
最早、車との激突は避けられないように思われた。

赤ちゃんをのせたバギーが車道に飛び出そうとしたその時、
なぜか間一髪、歩道の端でピタリと停止した。
よく見ると6~7歳の少年が車道側からバギーをおさえていた。
少年は、かけよってきた婦人にバギーを手渡すと、

10mほど先を歩く先ほどぶつかった男の方に目を向けた。
明らかに男の背中にするどい視線を送っているように見えた。

すると男の手からスマホが空中に飛び出し、
そのままレンガ敷きの歩道に思いきり叩きつけられた。
男はあわてて壊れたスマホを拾い上げ、呆然としていた。

男がうろたえる様子をお酒の信濃屋の前から見ていた女は、
再び婦人とバギーの方に目をやると、
先ほど大活躍した少年はあっという間に姿を消していた。

目の前で繰り広げられた不思議な光景がのみ込めずに、
キョロキョロとしていた時、女のスマホの呼び出し音が鳴った。
待ち合わせをしていた叔母さんからだった。

「今どこにいるの?」
「え、信濃屋の前にいますよ。」
「おかしいね、私も信濃屋の前にいるけど。」

二人はすぐに気がついた。
叔母さんがいるのは太田町にある洋服の信濃屋、
女がいるのは住吉町にあるお酒の信濃屋だった。
別々の場所で待ち続けていたことがわかり、
女はすぐに叔母さんのいる信濃屋にかけつけた。

女は15分遅れで叔母さんに会った。
「ごめんなさい。」
「場所が違うなんて驚いた。」
叔母さんは女の勘違いを責めようとはしなかった。

「叔母さん、さっき大変なものを見ちゃった。
もう少しで大事件になるところ。」
「今日は、この前のビルの瀬里奈を予約しているので、
その話はあとでゆっくり。」
叔母さんは女を日本興亜ビル9階に案内した。

この店はステーキドームとも呼ばれ、
客の目の前の鉄板で良質のステーキを焼いてくれる。
叔母さんはヒレのメディアムレアを注文し、
女はサーロインのメディアムを注文した。

「バギーに赤ちゃんを乗せたお母さんと、
スマホに夢中の男が激突して、
バギーが車道に飛び出しそうになったの。」
「ヘェー、それで。」
「突然小さい男の子が現れてバギーを止め、
そのまま立ち去ろうとする男の後ろ姿をにらみ、
スマホを手から離して地面に叩きつけた。
おかしな話だけど、私にはそう見えた。」

女は直前に起こった出来事を一気に説明した。
どうせ叔母さんは信じてくれないだろうと思っていたので
叔母さんの冷静な反応は女には意外だった。

 「その男の子はどんな感じだった。」
「青いポロシャツとチェックのズボンで
6~7歳くらいだけど動きは俊敏だった。」
「ふーん、6~7歳の男の子。」

女はなおも不思議な出来事を話し続けたが、
叔母さんが否定も反論もしないために、
ほどなくその話は終わり、今度は叔母さんからの話に移った。

「会社を辞めたって聞いたけど。」
「上司からはパワハラ、年下の先輩からはイジメ。
随分我慢しましたけど、もう限界でした。
叔母さんにはいろいろお世話になり申し訳ありません。」
「これからどうするの。」
「気持ちの整理がついていないので、
落ち着けばまた職探しします。」

「入試に落ちて浪人し、就職した証券会社は2年で倒産。
次の会社は人間関係の問題で1年ももたなかった。
あなたは大変。あなたのお母さんも大変。」
「まあ、そういうことです。私の人生はよくよくついてない。」
「人生は何とかなると思えば何とかなるものなの。
あのね、会社を辞めたということでは私の方が先輩。
もっとも私は10年間ほど勤めたけど。」

しばらく二人は食事に専念し、
今度は女の方から切り出した。

「叔母さんが辞めたのはやはり家庭との両立のこと?」

「それはそれで大変だったけれど、
家庭のことも、子育てのことも何とかやってきた。」
「それじゃ私と同じような理由?」
「近いけど正しくはない。理由は仕事そのもの。
小さな広告会社で、やりがいのある会社だった。
けど結婚して、出産してからは何か変わってしまった。」

初めて聞く叔母さんの苦労話に女は興味津々となった。

「会社が悪いのか、私が悪いのか、
要するに周りからあてにされなくなった。
会社というのは歯車のうちはいいけど、
歯車でなくなると働くことが苦痛になってくる。」

「そこで思い切って会社を辞め友達を誘って会社をつくったの。
注文を受けてデザインやイラストを考える会社。
最初はなかなか軌道にのらず本当に大変だった。
資金は何度もショート寸前、眠れない日が続いた。」

「叔母さんにそんなことがあったなんて、
母からも聞いていませんよ。」

「それでも自分たちの才能を信じ、
いい仕事さえすればきっとうまく行くはずと頑張った。
会社をつくって5年ぐらいは維持するのがやっと、
後悔だけはしたくないというのが本音だった。」

女は少しうなずくだけで静かに叔母さんの話を聞いていた。

「昨年の今頃、絶体絶命の状態に追い込まれて、
もはやこれまで、というところまで来た時、
ある男の子のイラストを積極的に売り出すと、
これが起死回生になって上向き始めた。」

「そして打つ手打つ手がいい方向に向きだし、
皆、これがビジネスなんだと、自信を持ち始めた。
長かったけど、チャンスを待って、頑張って、
やっと報われ始めたと喜んだ。
人生は何とかなると思えば何とかなる。」

叔母さんがさっきと同じフレーズを繰り返したことで、
女も本当にそんなものかも知れないと思った。
叔母さんの次の言葉は、女には全く予想外だった。

叔母さんはこれまでと違う口調でゆっくりと話しかけた。
「どう、あなたも私の会社で働いてみない?
確かデザインが好きだったじゃない。
小さい会社だけど、きっとやりがいが見つかる。」

あまりに唐突なことで女は返事に窮したが、
よくよく考えれば断る理由は何もなかった。
むしろ今の立場では有難いお誘いだった。

「ありがとうございます。
目の前が急に明るくなった感じがするけど、
一応、母に相談してからあらためてお答えします。」
多分これは母も了解済みの話なんだ、と思いつつ、
女は、この場では即答は避けた。

二人が、瀬里奈での食事を終り、日本興亜ビルを出た時、
向こう側の歩道にどこかで見た少年が立っていた。
「あなたがさっき見たのはあの少年じゃない。」
叔母さんの言葉に女はハッとした。

次の瞬間、少年は走ってくる自転車の前に飛び出した。
よく見ると自転車の男はヘッドホンを頭にかけて
周りを気にかけないでかなりのスピードを出していた。

少年に気づくのが遅く衝突は避けられないように思われたが、
男が急ブレーキをかけるのと少年の姿が消えるのは同時だった。
男は驚いてヘッドホンをはずし、周りをキョロキョロと見わたし、
ゆっくりと自転車を押して行った。

「そう、さっき見たのはあの男の子。」
「実は私もここであの不思議な子に出会ったの。
それであの子のイメージをイラストにしたらお得意さんが大歓迎。
私はあの子に会ったことで運命が変わった。
あなたもあの子に会ったことできっといいことがあるはずよ。」
叔母さんは女の顔を見てにこりと微笑んだ。

(記 原田修二)

ブログ:横浜馬車道物語「夢追い新話」より2014年12月22日~2015年2月2日